細い集落の道の先に、「うるしギャラリー久右衛門」はある。明治43年創業、宮内庁御用達の老舗「丸山久右衛門商店」が2019年にオープンしたギャラリーだ。
古い木造家屋を改装したギャラリーのすぐ背後には、緑の山々がそびえ立つ。日本らしい風景とは対照的に、入り口には、英語が記載された紫の暖簾や、現代的なタペストリーが掲げてある。
伝統的な日本文化と、現代的な西洋文化の融合。それが、このギャラリーの一つのテーマなのかもしれない。
そんなことを考えながらギャラリーの扉を開けると、所狭しと飾られた数々の漆器に魅了された。奥の方には職人さんが作業する工房も見える。
店内には落ち着いた音楽が流れ、ゆったりとした時を感じられる。
普段、なかなか見る事は少ない漆器。こんな風にずらっと並んでいるのを見るだけでも貴重だ。そして、やはり漆器はその艶やかさが違う。
漆器に触れてみると、つるつるとしていて滑らかな触り心地だ。深みと高級感がある面持ちとは対照的に、軽くてよく手に馴染む。
特に黒い漆器には、金色で施された装飾がよく映えて見えた。
「漆黒」という言葉は、漆の黒色に由来している。漆の黒色は非常に濃く、光を吸収する性質があるらしい。
特有の重厚で厳粛な印象は、漆器でしか生み出せないものだろう。
鮮やかな色の漆器も目に入った。
漆器の艶やかさは残しつつ、現代的でおしゃれな雰囲気が漂う。この漆器でコーヒーや紅茶を出すのもよさそうだ。
中でも特に目を引いたのが、可愛らしい動物が描かれた漆器。犬、ウサギ、ネズミ、どれも愛くるしい顔をしている。そして、動物の毛並みの柔らかさが、線一本一本に表現されている。
漆器は近くで見れば見るほど、その細やかな仕事に圧倒されてしまう。
この漆器の蒔絵を施したのは、20代の女性職人さんだ。20代ならではの若々しい感覚と、20代とは思えない高い技術が合わさって、あの漆器が作られている。
このギャラリーでは、彼女が蒔絵を施している様子見ることもできる。一つ一つ、時間をかけて丁寧に作業をしている。
また、ここでは漆器の重要な工程である「漆塗り」の見学と体験もできるとのことだ。後日、海外出身の友人と一緒に、漆塗りの体験をさせていただくことになった。
漆器の土台となるのは、この木の器だ。漆器になる前の木の器のことを、「木地」と呼ぶらしい。
この木地に、漆を塗っていく。左手で漆器を回転させ、右手はハケに一定の力を加えて…。塗り方は、職人さんが丁寧に教えてくれる。
均一に漆を塗るのは、とても集中力のいる作業だ。初めての漆塗り体験で、友人の表情も真剣そのものだった。
そして、塗り終わった漆器は下のような装置を使って乾かす。ギャラリーで並んでいた漆器は、この塗りの作業を何度も繰り返すそうだ。それによって、漆器特有の艶やかさが生み出される。
体験のあとは、漆器でコーヒーとお茶菓子を楽しむことができる。コーヒーはさっぱりとした味わいで飲みやすい。
体験で塗った漆器は、後日郵送で自宅に届けてもらうことができる。以下の丸山久右衛門商店さんのウェブサイトから、体験の予約が可能だ。
体験の予約はこちら
手作業で行われる漆器づくりの工程は、とても丁寧だ。「漆塗り」も「蒔絵」も、長い時間をかけてゆっくりと行われる。それは、効率化を求める現代社会の流れとは相反するもののようにも見える。
けれど、だからこそ、わたしたちが忘れかけている、一つのものに集中して向き合う時間だったり、画面越しでは得られない深い温もりだったり、そういったものを与えてくれる。
うるしギャラリー久右衛門を出た時の空は、いつもより凛として、清々しく見えた。