河和田の山奥、さらにその山奥をずっとずっと登った場所。
人気はなく、道もおぼつかない地に継体天皇にゆかりがあるとされる「薄墨桜」がある。

継体天皇は実在が確認されている最古の天皇で、継体天皇からはほぼ間違いなく現在の皇室まで繋がっているそうだ。
そんな継体天皇は、即位までの50年間を故郷の越前国で過ごしたとされている。

今から約1500年前、継体天皇が河和田の上河内の山中に桜を植えたという伝説があり、ここから見える桜はその切枝から育った孫桜と伝えられているらしい。

わたしたちが普段よく目にするソメイヨシノのような園芸種とは違い、自然に育つ「エドヒガン」という珍しい品種。墨を流したように咲く薄墨桜は市内でも数少なく、貴重なものだそうだ。

この地には、継体天皇にまつわる伝説が数多く残っている。河和田の伝統工芸である漆器もその一つ。
継体天皇が桃を取ろうとしたところ冠を落としてしまい、それを河和田に住む漆器職人が修理し、現代の河和田漆器に繋がったとされている。
今からはるか昔にも河和田の地で人々が暮らしていて、その営みが継体天皇につながり、現代の皇室にも繋がっているのだと思うと、なんだか不思議な気持ちになる。